アドニスたちの庭にて

    “新しいシーズンの こもごも”当日篇

 

          




 エルニーニョだとかヒートアイランド現象だとか、偉い専門家の先生方が様々に解説下さった論をわざわざ拝聴するまでもなく、今年も大変な猛暑だった夏を引き摺って。暦の上での秋に入っても残暑はしつこく引き続き。幾多の台風、はたまた秋雨前線の暴走でどっかんどかんと大雨が降っても、翌日にはフェーン現象と共に熱波が襲来するの繰り返し。扇子が手放せず、冷たいスィーツがいつまでも人気。ホントは適温があるのだそうだが、それでもね? キンキンに冷やしたビールが ・っか〜〜〜っと美味しい。そんな初秋がうんざりダラダラ、九月半ば辺りまで引き続いたが。それでもさすがに 十月の声を聞く頃になれば。海外からので時差のある、スポーツ中継を観戦するには心地のいい、涼しい晩がやって来て。耳を澄ませば茂みにコオロギ。油断すると朝寒や木陰の涼風に汗を冷やして風邪を拾うようなこともあるくらい、やっとのことで落ち着ける季節の到来。そしてそして、

  「秋と言えばっ! やっぱり“白騎士祭”っ!!」

 美術部有志の手になる、幾何学的なデザインがなかなかスタイリッシュなポスターを、その尋
ひろいっぱい、ババンっと広げた桜庭会長。
「尋って何?」
「腕を広げた差し渡しって事ですよ。」
 長さの単位にもなっており、普通は六尺、約1.8mだが、
「今時だと、もうちょっと長いかもですね。」
 あははvv あんたたちなんて殊更に背が高いもんねぇ。
(苦笑) そういうもんじゃないのではありますが、いやホント、日本人の体格も変わりましたからねぇ。あ、度量衡は中国から伝わったものだから、中国の人の体格なのかな? これって。………それはともかく、今年の“白騎士祭”のテーマは“若い力と可能性”だそうだが、
「ま、そういうスローガンに乗っ取った出し物は、これまでだって出た試しがないのだけれど。」
 ノリのいいガッコでは、得てしてそういうもんですって。
(苦笑)
「今年は体育祭も結構盛り上がってましたけれどもね。」
 十月第一週目の土日に催されるのが体育祭で、その後、最終週の土日を使って催されるのが、この学園の文化祭にあたる“白騎士祭”であり、今年は暦の関係で4週間も準備期間があるからと、体育祭の方の競技や出し物へも、熱心な練習だの準備だのに凝っていたクラスは多く、なかなか充実したお祭りの十月と化しそうな気配。
「でもそのせいで、次の役員選挙は物凄い日程になってるけれどもね。」
 何せ、白騎士祭の文字通り“お祭り騒ぎ”が終わったらすぐにも、十一月へと突入する訳で。23日の勤労感謝の日には“霜月祭”という、全校マラソン&駅伝大会が控えていて、それをまずはの初のお仕事にするべく、新しい役員さんたちが選出されるというのが、この学校ならではのマイペースな選挙&引き継ぎであり。昨年は余裕の現陣営が、対抗馬なしの決戦投票なしにての留任と運んだけれど。今年は全くの新人候補が立つこととなり、しかも日程が微妙に前倒しになっているので、慌ただしいことこの上もなく。
「役員はともかく、実務を引き継ぐ新体制の執行部は大変だねぇ。」
 目の前の白騎士祭にしてみても、二度目の自分たちには楽勝な取り組み。それに引き換えと、ややもすれば同情しているらしき会長さんの言へと対して、
「なんの。実は夏のインターハイ事務から、有能な新人さんたちを出来るだけ勧誘しておいて、非常勤扱いで働いてもらってますよ。」
 手配や連絡などの仕事の手順にも、しっかり慣れてもらってありますから、後顧の憂いはありませんとばかり、にこりんと笑った高見さんだったが、
“…非常勤って。”
 言いたいことは判るけど、バイトじゃないんだってばと桜庭会長が内心で苦笑する。緑陰館の二階の執務室にて、もう何弾目のそれなのか、執行部から上がって来た途中経過を綴った手配確認の書類へと目を通しているのは、6限目が自習だった生徒会長さんと執行部々長さんで。梢が色づくには まだちと早いポプラの落とす、優しい木洩れ陽の中、遠い校舎やグラウンドから届く生徒たちの喧噪の声をBGMに、余裕での執務執行中。指折り数えて待ったその当日が、後は片手で間に合うくらいにいよいよと迫った“一大イベント”を前にして、一般生徒たちの興奮と集中も今や最高潮。中には、カウントダウンを聞きながらの最終作業に奔走するというよな、一種“逼迫状態”にあったりもするというのにと思えば、それに比べて…実行委員会のそのまた上、首脳部の最高峰に当たるだろう、こちらさんの構え方の、何とも優雅なことだろか。
「実行委員会や執行部の皆さんの働きが、統制の取れた素晴らしいものだからですよ。」
 にっこりと微笑む高見さんだが、この微笑みが結構くせ者だというお話が、あるよなないよな…。皆様にはお馴染みながら、隠密行動が主体の“諜報員”蛭魔さんと違い、表向きに堂々と肩書を晒しておいでなことを考えれば、何をするにも何を言うにも“お行儀”とか“体面”とか“体裁”なんていう制約がついて回るのでもっとキツかろうに。その笑顔に陰りらしきものを一度も寄せたことがないまま、この学園でおよそ14年間も過ごして来たというから、それだけを挙げても間違いなく“強者
つわもの”の証し。いやあ、物凄い人たちに支えられてもいるんですねぇ、桜庭会長ってば。
“そだねぇvv
 何ですよ、他人事みたいに。
(苦笑)
「それよりも。会長職の後任にと推薦したい人材はいないんですか?」
 それこそ、白騎士祭が終わればすぐにも動き出すこと、呑気に構えてちゃあすぐですよと、軽く叱咤するよに言葉をかければ、
「う〜ん。それがなかなか、ねぇ?」
 別に、傀儡同然の新会長を立てて、引退後もこっそりと学園の自治を操作したい…って訳じゃなく。むしろ、面倒ごとから解放されて万々歳だなんて思ってるくらいな会長さんだが、
「そうじゃなくって…。」
「判ってますってば。僕らからの“見えない監視”がなくなるからって、ここぞとばかりやりたい放題を始める輩を、せめて卒業までの期間くらいは封じておかにゃならないから、でしょ?」
 よって“前・桜庭会長推薦”なんてな肩書つきの会長さんが立てば、そんなことはないにも関わらず、もしかして何かしら密接なつながりがあるんじゃないかしらと、疚しい腹積もりがあったクチの方々には勝手に想像していただいて、勝手に怯んでいただき、ついでに勝手に自粛していただけるという効果もある。こういう“先読み”を怠らない、いつもいつも連綿的に継続的に将来を見据えていて万全なところは、冗談抜きに彼らの“先々で”必要となること。いわば学校は“シュミレーション・フィールド”であったとも言えようか。
「冗談抜きに、一年の時の“白騎士祭”は、ある意味、僕らの宣伝になっちゃったというか、生徒会選に出る切っ掛けになったようなもんだったからねぇ。」
 初等科時代から既に、同世代の間では知らぬ者のない存在でもあったのが、桜庭さんと高見さん、そして寡黙な進さんという三人衆であり。役付きでなくとも存在感があった彼らが、上級生の皆様からさえ多大なる推挙を受けての生徒会首脳部への着任と運んだその切っ掛けとなったのが、一昨年の“白騎士祭”だったらしいのだが。

  「…先に言っときますけれど、
   今のもーりんさんは抱えてるノルマが“いっぱいいっぱい”なんで、
   当分は新しい題材のお話には、手がつけられないと思いますよ?」

 フォローをありがとうございます、高見さん。
(涙) まあ…大方、伝統を打ち破ってのロック・ライブでも開催したとか、聖キングダム女学院から現役女子高生という華やかなお客様たちを大量にご招待して見せたとか、思ってはいても力不足で誰にも不可能だったよなこと、画期的にもたった3にんでやってのけちゃったとか、そんなくらいのことなんでしょうけれど。
「さあ、どうなんでしょうねぇ。」
「その頃には妖一だって、僕の我儘とか応援要請にも、多少なりとも応じてくれ始めてもいたことだしねvv」
 うっ、それがあったか。さては…当時の有力派閥それぞれの筆頭に立ってらしたお兄様たちの、弱みや隠しごとを着実に集め始めていたとか?
「さぁて?」
「どうだったかなぁ?」
 ひでぇ〜〜〜。
(苦笑) 当時といやぁ、想像するのがちょいと難しい人もいなくはないけど(笑)、まだまだあどけない風貌の、無邪気でやんちゃな一年生だったんだろうにねぇ。先々にて“大物”におなりの方というものは、小さい頃から何につけ、既に大物の器でいらして。周到な方々を至近へ寄せるよな、野望を支えて差し上げたいとする魅力とかまで、その身へ持ち合わせているもんなんでしょうかしら? 権謀術数、ややこしいことは不得手と言いつつも、結構…桜庭さん自身が主体・首謀者となった仕儀も多かった、彼らのこの二年間であったようで、
「セナくんの前では先の話は“禁句”だけれど、大学へ進んだらもう、シュミレーションなんて言ってられなくなる訳だもんね。」
「そうなりますかね。」
 その発言も行動も全て、先々で桜花産業の総督となる人物のそれとして、公式にカウントされるようになる。まだそうじゃないからと、これまでの様々に手を抜いた覚えは一度もないけれど。失敗を恐れぬ冒険心から手掛けたことや、損得勘定抜きの義侠心のみから立った言動だとか。大人たちからの助力は望まず、なればこそ、自分たちの持ち得る力を総動員しての。大人の世界ではまず不可能だろう大胆なあれやこれやも、試みることが可能だった、奔放という意味での“自由自在”を堪能出来た、居心地のいいところだったには違いなく。突拍子もないことを企みもしたせいでの緊張感も一杯だったけれど、それに見合って余りあるほど…息を詰めての我慢もしたスリリングささえ、今から思えば楽しくて楽しくて堪らなかったそんな生活にも、いよいよの幕が下ろされる。ゴールがどのあたりなのか、その気配が聞こえて来た・見えて来たのには違いなく。

  「妖一ったらひどいんだよ?
   アメフト部の強いトコから誘われてるからって、どうしても外の大学に行くって。
   しかも、僕がオファーへ横槍とか入れたら、一生口利いてやらんなんて言うの。」

 邪魔するかもって思ってるって信用のなさが腹が立つったらさ。第一、そういう画策をあの妖一を相手に目論むほど、身の程を知らない僕じゃあないっての…だなんて。聞きようによってはちょいと情けない言いようをする会長様であり。
(苦笑)そういった相変わらずな脱線はともかくも。

  「これまでと変わらないモットーではあるけれど、
   悔いも遺り残しもなく、後悔のないようにってトコかな。」
  「ええ、そうですね。」

 ざわわざわわと。ここからは遥かに遠い筈の海辺でしか聞けないだろう、潮騒のような音を立て。風に揺れてるポプラの梢。ふっと訪れた静寂をなお深めて、時間を止めたいかのように単調な音、繰り返すばかり……………。







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